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第77回
卒業証書授与式
(式辞)

 第77回 飯豊町立手ノ子小学校 卒業証書授与式 式辞

 一足早い春の訪れを感じさせる今日のよき日に、飯豊町教育委員会 教育総務課長様はじめ、多くのご来賓の皆様、そして保護者・祖父母学級の皆様のご臨席を賜り、飯豊町立手ノ子小学校第77回卒業証書授与式を、このように晴れやかに挙行できますこと、誠にありがたく、心より感謝申し上げます。
 Tさん、Aさん、Kさん、Hさん、改めて卒業おめでとうございます。卒業証書を受け取った4人の姿は、希望に満ち溢れていてとても輝いて見えます。今手にしている卒業証書は、これまでの12年間、命を紡いできた証です。どうかこれからも、たった一つの命を大切にして、自分の夢や目標に向かって生き抜いてください。
 さて、この日を迎えるにあたり、社会科の歴史の学習が好きだったあなた方に、「積小為大」という偉人の名言を贈ります。「小さい事が積み重なって大きな事になる。だから、大きな事を成し遂げようと思うなら、小さい事をおろそかにしてはいけない」という意味の言葉です。誰が言い残した言葉かわかりますか?手ノ子小学校に通った6年間、毎日昇降口であなた方を迎え、見送ってくれた「二宮金次郎」像のモデルとなった、江戸時代後期の農政家「二宮尊徳」先生です。尊徳先生は、16歳で既に両親を亡くし、伯父の家に預けられました。少年時代は、日中は身を粉にして農業に励み、夜は大好きな読書をするために、荒地にアブラナを植え、たった一握りの菜種から一升瓶7~8本分の菜種油を取り、燈の火に使ったそうです。このような経験から、小さな努力の積み重ねが大切だと学び、これが後の行いや考え方のもとになりました。そして成人してからも学ぶことを怠らず、一家の立て直しに始まり、荒れ果て苦しんでいる各地の農村や藩の政治の復興を手掛け、55歳で幕府に召し抱えられ武士となり、「尊徳」と改名しました
 
明治から昭和の初めにかけて、二宮金次郎の名前と業績が修身(現在の道徳)の教科書にも取り上げられるようになり、全国の小学校で二宮金次郎の銅像を設置することが流行しました。しかし、太平洋戦争中には、武器の原料にするため金属類回収命令が出されました。手ノ子小学校の銅像も、おそらく戦時中に、国の要請によって資源として差し出されたのでしょう。現在の像をよく調べると、岡山県の備前焼の里で作られた焼き物の像でした。たとえ代用品であっても、こうして現在まで像が残っているのは、金次郎の勤勉の精神を子どもたちに残し伝えたいという、学校・保護者・地域の強い思いがあったからに違いありません。ですから、Tさん、Aさん、Kさん、Hさんが中学校に進学するに当たり、尊徳先生の「積小為大」という教えを是非引き継いでほしいのです。これから新しい学校や新しい環境でたくさんの挑戦が待っています。でも、心配しなくて大丈夫です。大事なのは、小さなことをおろそかにしないこと、そして、あきらめずに続けることです。焦らず、着実に前に進んでいけば、きっと素晴らしい未来が待っているはずです。 
 保護者の皆様、お子様のご卒業、誠におめでとうございます。頼もしく、立派に成長されたお子様の晴れ姿をご覧になり、お喜びもひとしおのことと存じます。改めて心よりお祝い申し上げます。祖父母学級の皆様とともに、これまで学校にお寄せいただきました数々のご支援・ご協力に対しまして、厚く御礼を申し上げます。本当にありがとうございました。
 結びに、変化が激しい予測困難な時代が続きますが、卒業生のTさん、Aさん、Kさん、Hさんが、幸せな人生を自らの手で切り拓き、明るく平和な未来で活躍することをお祈り申し上げ、式辞といたします。 

                         令和6年3月18日
                       飯豊町立手ノ子小学校長 高橋  浩